自分とBUMP OF CHICKEN その14(終) ~自分にとって「BUMP OF CHICKEN」とは~

最近、子供の頃のうちにBUMP OF CHICKENに出会う事が出来て良かったと思う事が増えた。

というのも、あの頃聞いたバンプの曲と、大人になった今聞いたバンプの曲とで、聞こえ方や感じ方が違うという事がよくある。大人になって人生の経験値が多少は増えたからか、あの頃は素通りしていた歌詞に、今聞くとハッとさせられる瞬間が多々ある。自分が特に思い入れのある「COSMONAUT」というアルバムは、子供から大人になった自分へ、逆に大人になった今から子供の頃に自分への問いかけのような歌詞が頻出する。子供のうちから聴いていた曲が、まるでタイムカプセルように、大人になった今地面を掘り返す事であの頃の自分を思い起こさせると共に、今の自分に「どんな人生を歩んでいますか」という問いを、曲を通して尋ねてくれているように思えるのだ。これが、長年バンプファンを続けている一つの自慢であると思っている。

 

今回、この「自分とBUMP OF CHICKEN」というタイトルのブログを書き続ける中で、「自分にとってBUMP OF CHICKENとは何なのか」という事を、ずっと考えていた。

先に結論から書いてしまうと、自分にとってBUMP OF CHICKENとは、「どんな時でもそばに寄り添ってくれる存在」である、という意見に行き着いた。

 

2009年、学校と友達の家で「カルマ」に出会ってからおよそ12年、気付けば自分の人生の半分近くをバンプと共に過ごしていた。それだけ長い付き合いなだけあって、ふとした瞬間に出てくる言葉とか、ものごとに対する考え方とか、生き方とか、そういった物事にバンプの存在が活きているように思える。

どうしてこんなに熱狂的なバンプのファンになったのだろうと、これまで13回続けてきたこのブログを読み返してみた。最初のうちはただただ曲や歌詞のカッコよさに惹かれたいちリスナーでしかなかった。それが、曲だったり、ラジオだったり、そういったバンプから送られてくるコンテンツに触れるほどに、自分の中でバンプに対する「特別感」というものが次第に膨れ上がっていったように思える。そして、震災の時や受験の時などといった自分がピンチの時にも、バンプと、バンプの曲という存在が自分を励まし、勇気付けてくれたという点では、ある意味命の恩人のように捉えている節があるのかもしれない。世の中には星の数ほどのアーティストやバンド、アイドルやその他諸々といったエンターテインメントのコンテンツがある。その中で、たまたま自分の中の「人生を通して好きなコンテンツ」というポジションに、BUMP OF CHICKENがスッポリ収まったように思える。

 

そんな事を考えると、仮にBUMP OF CHICKENに出会っていなかったら、なんて事を想像してみたりした。正直な話、自分はバンプに出会っていなくても、普通に人生を送っていたと思う。本当に人生に必要な存在であれば、人類全ての人が出会っていなければおかしい。そんな大げさな所にまで広げるつもりはないが、とにかくそこまでバンプの事を神格化はしたくないと思っている。ただ、自分がバンプに出会っていない人生を送っていたとしても、人生のどこかで必ず、バンプの存在を必要とした時に、出会う事になっていたとは思う。

 

自分は、誰かの言った「人は必要な時に、必要な人と出会う」という言葉を強く信じている。BUMP OF CHICKENの曲たちは、自分たちが出会いたいと思ったその時にすぐに聞けるよう、自分たちのすぐそばで待ち構えてくれている。

自分は、バンプの存在が常に必要だと思っている。だから、バンプと何度も出会い続けている。

このブログを振り返って、そんな事を思った。

 

2021年の5月から始まるNHKの朝ドラ「おかえりモネ」に、バンプの新曲「なないろ」が主題歌を務める事が先日発表された。日本でも有数の高視聴率を誇る朝ドラなだけあって、日本の多くの家庭の朝の時間にバンプの曲が届けられるという事に嬉しさを感じると共に、自分もいち視聴者として、バンプの曲に出会いに毎朝テレビを付ける事と思う。

数多の数の中からBUMP OF CHICKENという存在に出会い、自分の中で一番好きなものに出来た事を誇りに思いつつ、これからも、そばに寄り添い続けてくれるバンプと共に、出会いを繰り返していきたいと思う。

 

〈おわり〉

 

 

自分とBUMP OF CHICKEN その13 25年目の「ガラスのブルース」編

※このブログは、自分と、自分がこの世で一番好きなバンドであるBUMP OF CHICKENとの思い出を振り返る、言わば自分語り回顧録です。

 

2021年2月11日。BUMP OF CHICKENの結成25周年の記念日を迎えるこの日に、新曲「Flare」が配信リリースされた。


BUMP OF CHICKEN「Flare」

ベースの直井が活動を休止してから初めて製作されたこの曲。ベースの部分はボーカルの藤原が代わりに演奏している。上記のMVも、直井を抜いた3人でのパフォーマンスを映像に収められている。

3人で活動していくという声明は、この結成記念日を迎える前から聴いていたものだったし、その間にも「Gravity」や「アカシア」といったリリースもあった。しかし、それらは直井もレコーディングに参加していたものであって、まだ4人での活動の跡が残るものであった。

こうしていざ3人で演奏する様子を目にした時は、やはりどこか寂しさを感じる所があった。メンバーがそこに「いない」という事実を、改めて突き付けられたような気がした。

それでも、「BUMP OF CHICKENの音楽」というものは、これまでと変わらない形で、そこで鳴り響いていた。たとえ3人での演奏でも、4人分の重みが乗っかっている、いつものように鳴り響く音楽が、そこにあった。

 

「Flare」のリリースから数週間後の2月27日、バンプNHKの音楽番組「SONGS」に約5年振りに出演した。

ここでもメンバーは3人で「アカシア」「Aurora」「Flare」を演奏し、最後の「魔法の料理 ~君から君へ~」では、オリジナルの音源にも参加していた、ストリングスの演奏家たちを招いた特別バージョンを披露していた。

これまで何度も聞いてきたバンプの演奏に、耳からは感動や興奮が伝わってくるが、目からは、どうしても一人いないという情報から寂しさを感じて、それが混ざって不思議な感覚になっていた。それでも、バンプの曲たちはいつもと変わらない大切さを纏って自分まで届けられていた。

番組中のインタビューで、藤原が「大切なものを、大切にしたくて」と発言していた。リスナーが勝手に大切に思っていたバンドメンバーの関係性を、こういった状況の中で、改めてメンバーたち自身が大事にしてくれている事に、嬉しさと同時に申し訳なさを感じた。

 

直井がいつ戻ってくるのか、4人でまたライブが行われるのかは、未だ分からない。それでも、メンバーが大切にしたいと思っているものを、なるべく、所詮曲を聴いているだけに過ぎない自分も、メンバーと同じくらいの熱量で、大切に出来たらと、「SONGS」を見ていて思った。

 

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最初に「Flare」を聞いた時に思ったのが、最初と最後に流れるギターのメロディーが、どこかブルースのように聞こえる、だった。それと同時に思い起こされたのが、BUMP OF CHICKENの始まりの曲、「ガラスのブルース」だった。

ブルースとは、元々はアメリカに強制移住させられたアフリカ系の人々が、孤独感や悲しみといった感情を込めて歌ったものを指す言葉であり、黒人霊歌やワークソング(労働歌)といったものから発展し、成立したジャンルだ。

「Flare」を聞いた方なら分かると思うが、この曲の歌詞には、人間としての生活を送る上でのつらさややるせなさ、その他悲しみや苦しみといった感情が込められているように思う。また、かつて「ギルド」で歌われた〈人間という仕事〉に追われ、心が擦り切れている様子が見える所からも、一種のワークソングともとれると思う。この「Flare」が歌おうとしているのは、まさしくブルースなのだと、この曲を繰り返し聞く中で思った。

「Flare」の中で描かれる人物は、眠れない程に耐えなければいけないものを抱えていたり、心は壊れていると断言したりと、とても正常とは言えない状態に追い込まれている。歌詞はこのように人間の暗い側面を描いているが、それに対してサウンドは心に迫る、優しいものとなっている。聴く人に厳しい現実を突きつけながらも、そんな現実の中で必死にもがこうとする人たちを優しく包み込んでくれる。

 

個人的に、「Flare」の中で何度も繰り返される〈灯火〉というワードには、青い炎のイメージを抱いている。青い炎は、赤い炎と比べると勢いは小さく、弱弱しく燃えているように思える。しかしその実、青い炎は赤い炎よりも高温で、安定した状態で燃焼を続けているのだ。青い炎は、〈どれほど 弱くても〉、自分という存在のために、ずっと〈 燃え続け〉てくれている〈小さな灯火〉なのだ。そして、バンプはその〈灯火〉を決してないものにしない。燃え続けている灯火がその先も燃え続ける事に対して、〈大丈夫〉という一言で、肯定してくれる。

 

25年目の節目にリリースされた「Flare」は、結成から変わらない「ブルース」を、自分たちの所まで届けてくれた。人生とはどこまでも大変で、時には生き死にを考えてしまう位に厳しいものだと思う。それでも、その事実を受け止めつつ、なおも前に進むためのエネルギーを与えるために、「Flare」を始めとするバンプの曲は存在しているのだと思う。

自分の人生が続く限り、BUMP OF CHICKENの奏でる「ブルース」を聴き続けたい。

 

〈つづく〉

自分とBUMP OF CHICKEN その12 悲喜交交編

※このブログは、自分と、自分がこの世で一番好きなバンドであるBUMP OF CHICKENとの思い出を振り返る、言わば自分語り回顧録です。

 

2020年、世界では新型コロナウイルスが大流行し、日本でも3月に緊急事態宣言が発令され、私たちの生活は大きく変わる事となった。BUMP OF CHICKENもこのコロナ禍に巻き込まれる事となり、メンバーがパーソナリティーを務めるラジオ番組「PONTSUKA」も放送を休止し、バンプの楽曲を流すだけの放送へと切り替わったり、コロナ禍の影響で大きなタイアップが流れたしまったという噂も聞くほどに、活動が上手く行えない状況が続いていた。

しかし、そんな状況の中でも、バンプはその時に出来る事を自分たちに届けてくれた。5月には当時の最新の映像作品だった「PATHFIDER」のSSA公演の本編や、それまで公開していなかった既存楽曲のMVをYouTubeで無料公開したり、「Hulu」にて「BFLY」の日産スタジアム公演の本編を無料配信したりと、ライブが出来ない状況でも我々リスナーが楽しめる機会を提供してくれた。

自分は当時就職活動をコロナ禍の中で行っていた。ただでさえ慣れない状況に加え、感染対策も徹底しなければいけないという、今思い返しても大変な日々を送っていた。それでも、バンプの曲を聴き、MVやライブ映像を見る事で、何とか明日の面接も頑張ろうと思う事が出来た。

 

8月、新型コロナウイルスの流行は依然として続いていたが、エンタメ業界も少しずつ活動を再開し始め、バンプに関しても、待望の新曲「Gravity」がアニメ映画「思い、思われ、ふり、ふられ」の主題歌に決定したり、「PONTSUKA」もいよいよ通常放送を再開したりと、バンプが動き始めた事に嬉しさを感じ、佳境と差し掛かった就職活動も、映画や毎週の「PONTSUKA」を楽しみにする事で何とか乗り越える事が出来たのだった。

 

そんな中、8月23日深夜放送回の「PONTSUKA」において、ボーカル&ギターの藤原基央が結婚を発表した。自分はその日もいつもの様に番組をリアタイしていて、メンバーがメール読みやコーナーを進行しているのをのんびりと聞いていた。すると唐突に藤原が「大事なお知らせがある」という一言を放った。何だなんだと思った次の瞬間に藤原から発せられた言葉が「俺、結婚しました」だった。

一番最初に頭によぎったのは「本当か…!?ドッキリなんじゃ…?」だった。あの藤原が結婚したという事実を、すぐには受け入れる事が出来ずにいたのだった。衝撃の一言の後、藤原はお相手が一般の方という事や、こうして言葉で結婚を報告できた事への喜びなどを語っていた。結婚しても自分たちの音楽は変わらない事、何よりもこれまで応援してくれたリスナーには感謝しかないという藤原の言葉からは、リスナーに対する愛が十分すぎるほど伝わってきた。自分もこの発表にいたく感激し、思わず公式Twitterでの再度のご報告に、お祝いのリプライを送ってしまった。

BUMP OF CHICKENは、それこそ「PONTSUKA」で子どもの頃の思い出や、今ハマっているものなどを話す事はあったが、結婚といったプライベートな内容には一切と言っていいほど触れてこなかった。そんなバンプが今回このような発表をしてくれた事に、これまでのライブなどとはまた違った形でメンバーとリスナーの間の絆のようなものが垣間見えた気がした。

 

そして数週間後、「Gravity」の配信が開始され、「aurora ark」の映像作品の発売決定や、映画の公開も間近に迫った事でリスナー界隈も盛り上がりを見せていた頃、ベース・直井由文に関する報道が週刊誌に掲載される事となった。

この一連の報道に関しても、最初に思った事は「本当なのか…!?」だった。こういったスキャンダルとは一切無縁の世界を生きていたように思ってたバンプから、こういった話が出てきたという事実を、素直に受け入れるのは自分にとって、とても難しい事だった。この報道を流し見でしか読む事が出来なかったが、読んでもやはり心のどこかで「そんな事をする人ではないはずだ」と願ってしまってもいた。

報道が世に出てから数時間後、バンプの公式SNSと、直井個人のSNSから、今回の報道を受けての声明と謝罪文が投稿された。報道をすぐに信じられなかった自分は、これをもってようやくこの件は事実なんだという事を痛感した。

 

有り体に言ってしまえば、この報道はとてもショックだった。幾度となく自分の人生に深く入り込んで、時には助けてくれた音楽たちを奏でている人たちの中から。あれだけ音楽に対して献身的で、リスナーの事を大切に思ってくれていたメンバーから、誰かの心を深く傷付ける人が現れたという事実は、簡単に受け止められるものではなかった。

かといって、メンバーやバンプの楽曲たちを嫌いになったかというと、そんな気持ちは全くとは言えないが、ほとんど起こらなかった。言ってしまえば、バンプは自分と自分の人生に深く染み込んでいて、それがない状態が考えられないくらいの存在となっている。自分には、そんなかけがえのない存在を頭ごなしに否定する事は、とても出来なかった。

 

この件で深い傷を負った方がいるという事実にも心が苦しんだし、何よりも他のメンバーや、関係者の方々の心中を察する程に居たたまれない気持ちになった。報道直後の「PONTSUKA」は放送を見合わせ、その時間はバンプと全く関係のない曲が流れていた。かつてコロナ禍の影響で放送を休止していた時にもバンプの曲は流れていたのに、この一件でそれすらも出来なくなってしまったという事にも、強い悲しみを覚えた。

 

報道から一週間後、「Vo./Gt. 藤原基央、Gt. 増川弘明、dr.升秀夫より皆様へ」というタイトルで、公式HPに今回のいきさつと、今後の活動についての声明が掲載された。

リスナーを失望させてしまった事に対するお詫びと、直井が活動休止する事、そして、今後の活動は残りの3人で、「今我々に出来る活動の全てを全力で続けていく事」を表明していた。

そして数日後の「PONTSUKA」でも、藤原がメンバーを代表して今回の件について説明し、今後の活動などについて説明を行った。

このふたつのどちらにも、メンバーの、今回の件に関する責任の重さと、それでもリスナーに対してしっかりと向き合っていこうとする真摯さが苦しくなる位に伝わってきた。どれだけ自分たちが傷ついたとしても、リスナーや世間としっかりと向き合う事を宣言してくれた事に、心からの感謝を伝えたくて仕方がなかった。

 

自分としては、一人が活動休止という状態になったが、ひとまずは活動を続けてくれた事にとても安堵したのを覚えている。これが仮にバンプ全体の活動を休止、もしくは終了する事になったとしても、その事を受け入れるぐらいの気持ちでこれらの声明を待っていた。メンバーがリスナーに対してこれだけ真摯に向き合ってくれるのであれば、こちら側も、バンプの音楽に対してより真摯に向き合うべきではと、たかがいちリスナーに過ぎない存在だが、この時そう思うようになった。

 

この報道の後、「PONTSUKA」は3人で通常通りの放送を再開し、バンプとしても9月にポケモンとのスペシャルコラボMV「GOTCHA!」に新曲「アカシア」を提供し、大きな話題になるなど、形は変われどこれまでと同じような活動を行うようになった。

どんな事が起きても、バンプから生まれる音楽は、やはり素敵で、かけがえのない感情を自分に届けてくれる。2020年は、そんなバンプという存在の大切さを改めて嚙みしめる1年だったように思える。

そして翌年の2021年、バンプは結成25周年の日を迎える事となった。

 

〈つづく〉

自分とBUMP OF CHICKEN その11 「arc」と「ark」編

※このブログは、自分と、自分がこの世で一番好きなバンドであるBUMP OF CHICKENとの思い出を振り返る、言わば自分語り回顧録です。

 

2019年3月、BUMP OF CHICKENの約3年半振りとなるアルバム「aurora arc」の発売と、7月からのドームツアー&ライブハウスツアー「aurora ark」の開催が発表された。「Butterflies」以降のバンプは、とにかく出す曲出す曲がタイアップ付きだったというのもあり、その辺りのアルバム収録との兼ね合いや、新曲にはどういったテイストの楽曲が来るのか、などといったアルバムに対する期待に溢れていた。それと同時に、「BFLY」以来のドームツアーという事で、出来るだけ多くライブに参加したいという気持ちがあった。

というのも、当時の自分は大学3年生で、翌年には就職活動、その翌年には社会人生活が控えているというのもあり、バンプのライブに何度も参加できるのはこのツアーが最後かもしれないという気持ちがあった。大学生活にもある程度余裕が出来、ライブにかかる諸経費もアルバイトで準備していた事もあって、このツアーには4公演と、今まで一番会場に足を運ぶ事が叶った。

まさかコロナウイルスの流行で、上で並べたものとはまた違った理由でライブに参加できる事が出来なくなるとは、このライブを巡っていた時点では露程も思っていなかった。結果としてこれだけのライブに参加出来た事が、どれほど恵まれていた事だったかを痛感している。

それぞれの会場でのライブについての感想は、後ほど書き連ねていきたいと思う。

 

2019年のバンプは、アルバム「aurora arc」と「aurora ark」の二つが大きな活動の軸となったが、もう一つ大きな動きとなったのが、6月の各サブスクリプションサービスでの音源の配信解禁だ。バンプはこういったストリーミング系の配信とは無縁の存在だと心の中で思っていたので、この解禁にはとても驚いたのを覚えている(もっとも、2016年の時点で「Google Play Music」にて一部音源を期間限定で配信していたが)。「BUMP OF CHICKEN」という存在が、より多くの人に知られる機会が生まれた事に喜ばないはずがない。自分も、バンプのサブスク解禁をきっかけにSpotifyの利用をちゃっかり始めた。あまり定額制のサービスを利用する気が起きない自分にとっては、こういったきっかけを与えてもらえて感謝しかない。今ではサブスク配信がない生活が考えられないほどに染まってしまっている。

余談だが、各種サブスクにはいわゆる「隠しトラック」は含まれていないのも、既存のCD時代からファンだった人たちとの上手い兼ね合いが取っていると思う。サブスクからバンプを聴き始めた人がCDを手に取り、「隠しトラック」の存在を知った際にどんな反応を示すのか、非常に気になる。

 

7月10日、待望のニューアルバム、「aurora arc」が発売された。先述の通りこのアルバムにはタイアップ曲が全14曲中11曲と(発売後さらに1曲増え、計12曲となった)、その多さにベストアルバムのような内容になるのではないかと視聴前は思っていた。しかし、実際にアルバムを通して聞いてみると、1曲1曲が互いに反発する事なく、まさに「aurora arc」という弧を描こうと、それぞれが一つにまとまって軌跡を形作ろうとしているのが強く感じられた。

特に、「流れ星の正体」の初めて聴いた時の衝撃はすさまじいものだった。元々この曲が、2017年に藤原基央の音楽雑誌での連載の終了をきっかけに作成されたデモ音源が公開されてから、実に2年半以上の時を経てフルバージョンの公開という、壮大なドキュメント性を備えていたというのもあったが、特に最後の歌詞が、バンプという存在と、バンプの楽曲たちが目指しているものを赤裸々に、力強く伝えてくれるものだった。往年のバンプファンにとっては感涙ものの楽曲だが、バンプを詳しく知らないという人にもぜひ聞いてほしい一曲だ。


BUMP OF CHICKEN「流れ星の正体」

 

アルバム発売後から数日後の7月12日、いよいよ「aurora ark」が埼玉・メットライフドームにて、4か月に渡る航海を始めた。自分にとってメットライフドームに足を踏み入れるのは、2015年のアイドルマスターの10thライブ以来4年振りと、様々な懐かしさも感じながらアリーナ席の前方の方で開演を待っていた。

ライブの内容は、「aurora arc」の収録曲を軸としながらも、どこか「BFLY」の要素を、一方では「PATHFINDER」の要素を感じさせるという、「最新バージョンのバンプ」というものを強く体感させるものだった。まだ明るい時間から始まり、客席と天蓋の間から日の照る外の様子も見る事が出来たこのライブは、朝から降っていた雨なんて関係ないくらいの夏の熱気、そして観客から起きる熱気が混ざり合った、出航にふさわしい盛り上がりとなった。また、今回のツアーで唯一「月虹」が聴けたライブでもあった。これまでのバンプのライブにはなかった火の演出があったりと、とてつもない熱狂に包まれたのが懐かしい。

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続いて自分が乗船したのが8月21日の新木場STUDIO COAST公演の2日目だった。まさか当たるとは思っていなかったライブハウス公演のチケット。何度もバンプのライブに参加してきたが、こんな貴重な機会はこの日しかないと思い、いつも以上に入念な準備をして参加したのを覚えている。

ライブハウスで聴くバンプの音楽は、とにかく距離が近かった。ドームやアリーナとは物理的な遠さがあるから、それと比べれば音だって近くに聞こえてくるのも当然分かっている。それでも、こんなにバンプのメンバーが奏でる音が直接自分に向かって届くという初めての体験に、自分はただただそれらを受け取るだけで精一杯の状態になっていた。自分は一階のスタンディング席と2階の座席もあるスペースの境目の階段辺りでこのライブを見ていたが、メンバーの登場や、一曲一曲が披露され始める度にうねるように動く1階席の様子にもとても新鮮さを感じていた。ドームのような巨大なスクリーンやライティングを使った派手な演出はないが、それでもバンプの曲が持つ力をシンプルなステージング故に存分に感じられるライブだった。

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自分の「aurora ark」も後半戦、次に参加したのが9月22日の愛知・ナゴヤドーム公演だった。以前の記事でも書いた、自分が再びバンプにハマるきっかけの一つとなった「BFLY」ツアーの公演以来3年となったナゴドでのライブ。元々最初にツアーが発表された際のラインナップでの最終公演だったというのもあり、「DANNY」聞きたさに応募したライブであって、のちにファイナルとして東京ドーム公演が発表された時には「行かなくてもいいかな…」なんて若干思っていたりもしたが、結果として、このライブに参加できた事がこの上ない幸せな出来事となった。

思い返せば、この日のライブは最初から空気感がそれまでとは違うものだった気がする。「Aurora」の、それまでにない歌詞変えや、「話がしたいよ」の〈君の好きな匂い〉という歌詞変えから感じる、より具体的な対象に向けたような内容に、どこか不思議な感覚を覚えた。そしてアンコール、このツアーでは初めての披露となった「同じドアをくぐれたら」の披露に観客も盛り上がり、「ガラスのブルース」で綺麗にエンディングを迎えたと思った所に、まさかの藤原からの「もう一曲やっていい?」という問いかけが。「先歌うから(他のメンバーは)入ってきて」という一言から始まったのが「バイバイサンキュー」。藤原以外のメンバーが大慌てでステージに戻ってきて、藤原の弾き語りに一人一人と加わっていく様子に、観客も興奮を抑えられずにはいられなかった。自分にとっては、初めてのライブの帰りに「天体観測」と交互に聞いたこの「バイバイサンキュー」への思い出を振り返りながら、3拍子に揺られながら、ただただこのWアンコールを噛みしめていた。

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そしてこの「aurora ark」も、11月4日、東京ドーム公演において終わりを迎える事となった。このライブも、上手く言葉に表せない位の、特別な時間だった。

「新世界」、〈ベイビーアイラブユーだぜ〉という、バンプの歌詞にしてはあまりにもポップ過ぎて、それでいてたくさんの愛が込められたこの歌詞が、曲が終わってからも、藤原と観客とでコール&レスポンスされ、藤原以外のメンバーもそれに沿うように伴奏する時間が偶発的に生まれた。まるでこの時間を、一秒でも長く続けたいという藤原とメンバーの想いが込められているようで、とても感慨深く思ったのを覚えている。

そしてアンコール。名古屋でも聴けた「バイバイサンキュー」と「ガラスのブルース」で一応のアンコールを迎えたが、ナゴドでのあの時間を味わった自分としては、これで終わりなはずがないと謎の期待を抱えていた。そして案の定、ナゴドを思い出すかのように、藤原が「スノースマイル」を歌い始め、メンバーもそれに続くように演奏を始めた。夏の暑い時期から冬へと差し掛かろうとする期間に行われたこの「aurora ark」というツアーの時間の経過が、この「スノースマイル」に込められていたように思う。

スノースマイル」の終了後、さらにもう一曲歌い始める藤原。このツアーの一番最後に披露された「花の名」は、ギターの増川が途中まで演奏に入りそびれたりと、パフォーマンスとしては少々イマイチな所もあったかもしれない。それでも、「新世界」のコール&レスポンスと同じように、音楽を中心に、メンバーと観客がひとつになったこの瞬間を、少しでも長く続けたいという想いには、そんな些末な事は気にする必要なんて全くなかった。演奏が終わりメンバー4人の熱い抱擁を経た後、「aurora ark」は幕を閉じたのだった。

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自分にとって「aurora ark」は、一言で言えば「魔法の時間」だったと思う。あの興奮も、あの感動も、あの一瞬一瞬の間にだけ感じられたものだった。それでも、その残滓が、今でもこうしてこのツアーを振り返る度に、あの日感じたものを蘇らせてくれる気がする。

個人的に、「aurora arc」は「旅」がひとつのテーマであると思っている。メンバーがスタッフとオーロラを撮影するために実際にカナダのイエローナイフまで赴いたというアルバム製作の過程も含めて、人生という名の旅を、バンプの曲と共に歩んできたリスナーにとって、まさにアルバムという形で「aurora arc」が残されたように思う。そして、そんなアルバムを引っ提げて行われた「aurora ark」も、同じように各地のドームやライブハウスを巡るという過程を経て、一つの旅として形作られたのだと、このツアーを振り返って感じた。

素敵な旅を経験させてくれて、ありがとうと、心の底から伝えたい。

 

〈つづく〉

自分とBUMP OF CHICKEN その10 「グラブル」はデレマスコラボ第2弾の頃から始めました編

※このブログは、自分と、自分がこの世で一番好きなバンドであるBUMP OF CHICKENとの思い出を振り返る、言わば自分語り回顧録です。

 

2017年4月、晴れて大学へと進学した自分は、東京で一人暮らしを始めた。もちろん、それまで集めていたバンプのCDやグッズなども一人暮らし先に持って行った。

スタジアムツアー「BFLY」と「リボン」の生配信で再びバンプへの熱を取り戻した自分だったが、上京する事でよりバンプに触れるある機会を増やす事が出来た。それは、バンプのレギュラーラジオ番組である「PONTSUKA」をリアルタイムで聴けるようになったという事だ。「PONTSUKA」自体はインターネットでも配信されているし、地元でも遅れてではあるが聞く事自体は出来た。しかし、自分の性格上、配信系の番組は「視聴期限までまだ余裕があるし、すぐに見なくてもいいや」と思ってしまい、結局期限ギリギリになって視聴、あるいは聞き逃してしまう事が多いので、こうしてリアルタイムで番組を聴ける環境に自分の身を置けたのは大きかった。日曜の深夜3時を回った頃から始まるこの番組は、一週間の一番最後に触れるものとして、とてもゆるくてちょうど良い番組だ。

(ちなみに、インターネットで配信しているバージョンが、地上波で流せなかった部分も含めた完全版であるという事に気が付いたのは、上京して数年後の事だった。)

 

そして、バンプ熱を取り戻した自分にとって、さらにタイミングと運の良い出来事が起こった。それは、「GO」が、「GRANBLUE FANTASY(通称グラブル)」のアニメのOPとして起用された事だった。


BUMP OF CHICKEN「GO」

元々グラブルはこのタイアップが決まる前から、アイドルマスターシンデレラガールズとのコラボをきっかけにプレイしていて、いくらか課金してしまうくらいにはグラブルにハマっていた。自分のハマっているゲームに、まさかバンプが関わる事があるなんて…、と若干運命めいたものを感じながらこの一報にとても喜んだのを覚えている。アニメは2017年の4月から放送開始と、上京したてのタイミングにぴったり合ったというのも大きかった。

のちのグラブル内のイベントで、「GO」の歌詞の〈とても素晴らしい日になるよ〉の部分が、イベントを進める事で取得できる称号として獲得できた。当時まだ戦力が揃っていなかった自分は、苦労してこの称号を獲る事が出来た。

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この称号を取得して以来、自分のプロフィールにはこの称号をずっと固定してあったりする。

 

5月1日、先述の「リボン」が配信リリースされると共に、秋からのアリーナツアーの開催が発表された。ツアーの中には自分にとってはおなじみの静岡エコパアリーナでの公演もあり、真っ先に10月8日の公演に申し込んだ。地元に帰るという形ではあるが、「BFLY」の名古屋公演以来の久しぶりのライブ、さらにこのライブはアルバムを引っ提げていないという意味ではとても久しぶりのツアーだったという事もあり、どんな曲が披露されるかという期待も大きく膨らんだ。

また、このツアーは何度か追加公演の決定が発表されており、まさかのエコパアリーナが2daysライブになったり、千秋楽として約10年振りのさいたまスーパーアリーナSSA)公演も開催される事となった。10月8日のチケットは入手していたが、その時はまだバイトも始めておらず、財布の紐が固く結ばれていた自分にとっては、エコパのday2を取ってベースの直井由文(チャマ)の誕生日を当日にお祝いするか、トリのSSAのday2を取って念願の「DANNY」リベンジをするかの2択で非常に悩んだ。そして、結果として後者を取る事に決めたのだった。

 

「PATHFINDER」と名付けられたこのアリーナツアーは、当時リリースされた「記念撮影」などの新曲も交えながらも、バンプの新旧の楽曲が上手く組み合わされた、往年のファンにとっては嬉しい内容のセットリストであった。個人的にはバンプを聞き始めた頃からお気に入りの一曲だった「pinkie」が初めてライブで披露され、多くのファンの注目を浴びるようになった事もとても嬉しく感じた。

自分が参加した公演のうち、エコパアリーナの初日では、「you were here」の演奏中、藤原が「(歌詞を)間違えた」と歌うハプニングが起きたり、上記のチャマの誕生日の前日だったという事もあり、チャマが弾き語りで歌うビヨンセの「XO」を聴けたりと、とても思い出に残るライブだった。もっとも、その翌日のライブではチャマの誕生日をお祝いするスペシャルムービーが流れたり、チャマが作詞に加わった「彼女と星の椅子」が弾き語りで披露されたりと、こちらも特別な一日になったという話を聞いて、やはり無理をしてでも行くべきだったと少し後悔したが。


Beyoncé - XO (Video)

2018年2月11日に参加したSSA公演は、バンプの結成21周年という節目の一日だったという事もあり観客もお祝いのムードに包まれていて、藤原も曲中に「21歳になったぜー!」と発言するほどだった。そんな記念すべき日に披露された、20周年を締めくくる形で発表された「リボン」は、やはりいつも以上に胸に来るものがあった。また、この公演はアンコールが終わった後に藤原がまだ完成前の「Spica」の一節を披露してくれたのもとても思い出に残るものだったし、この日の模様は映像作品として発売されており、自分の行ったライブがパッケージで残るというのも初めての体験で、大変嬉しく思ったのを覚えている。

ちなみに先ほど触れた「DANNY」リベンジに関しては、藤原がインフルエンザのため福岡公演が延期になり、元々千秋楽公演だったSSA公演より後の日程での開催となったため、実際には福岡公演で「DANNY」が披露されたという、なんとも惜しいニアミスという結果に終わった。「DANNY」をもう一度、ライブで聴きたい…。

 

「PATHFINDER」ツアー終了後のバンプは、アニメ「重神機パンドーラ」のOPとEDにそれぞれ「シリウス」と「Spica」を、アプリゲーム「妖怪ウォッチ ワールド」のCMソングとして「望遠のマーチ」を、アニメ「からくりサーカス」のOPに「月虹」を、ロッテ70周年記念アニメ「ベイビーアイラブユーだぜ」に「新世界」を、翌年行われる箱根駅伝に往年の名曲である「ロストマン」を提供したりと、実に多くのタイアップを行っていた。こうして振り返ってみても、異常なまでのタイアップ数だと思う。

そんな数々のタイアップの中でも、自分にとって思い出深いタイアップとなったのが、映画「億男」の主題歌として提供された「話がしたいよ」である。


BUMP OF CHICKEN「話がしたいよ」

バンプはこの曲で約4年振りに「Mステ」に生出演する事になったが、その放送日が10月19日と、自分の誕生日と重なる事となった。

自分の誕生日とバンプ関連の出来事が重なるのは、2011年の「ゼロ」の発売以来の事であり、やはりとても嬉しく思ったのを覚えている。実際、誕生日の数日前に体調を崩して、万全の状態で誕生日を迎える事は出来なかったが、それでもテレビ越しに生でリスナーに音楽を届けようとしてくれるメンバーの姿と「話がしたいよ」は、とても元気をもらった。

 

今回は2017年の4月から2018年までのバンプとの思い出を振り返ったが、単純にバンプに触れる機会がとても多い期間だったと改めて感じた。「PONTSUKA」をリアタイできるようになった事や、これまではツアー中1公演しか参加できていなかったのが複数回参加できた事、そして上記のような度重なるタイアップと、この期間は非常にバンプに触れる機会に恵まれていた。バンプへの熱を取り戻した自分にとっては、まさにその熱を維持するだけの供給がなされていたのだと気付きを得た所で、今回のブログは終わりたいと思う。

 

〈つづく〉

自分とBUMP OF CHICKEN その9 「リボン」に救われた編

※このブログは、自分と、自分がこの世で一番好きなバンドであるBUMP OF CHICKENとの思い出を振り返る、言わば自分語り回顧録です。

 

2016年4月、自分は2年目の浪人期へと突入する事となる。そりゃアイマスに現を抜かして勉強を疎かにしていた自分にとって当然の処置であった。こんなクズな自分を、両親はよく許してくれたと今になって猛省している。

さすがに危機感を感じたリキ浪人生は、アイマスともいったん距離を置き、受験勉強に集中するようになった。2015年は全てのアイマスライブに現地・LVを含めて参加していたのを、2016年は担当の宮尾美也役の桐谷蝶々さんが唯一出演していたミリオンライブ3rd LIVEの1月に行われた名古屋公演のみに留めていた。

 

この頃のバンプはどうだったかというと、2月10日にニューアルバム「Butterflies」をリリースし、翌日の2月11日には結成20周年記念のスペシャルライブ「20」を幕張で開催していた。しかし、ちょうど2年目の浪人を決断していた時期だったというのもあり、この二つに集中してもいられなかった(上述のミリ3rd名古屋公演は1月31日の公演だったはずだが、という矛盾がここで生じているが…)。アルバムはとりあえず買って。ライブも、すごい素敵な内容だし、あの「BUMP OF CHICKENのテーマ」もアンコールで披露したのかー。といった軽いテンションでこれらの記念すべきイベントをスルーしてしまった。倦怠期は未だ続いていたのだった。

 

そんな自分がバンプとの距離感を再び縮めるきっかけとなった出来事のひとつがスタジアムツアー「STADIUM TOUR 2016 "BFLY"」への参加だった。

当時の自分はとにかく勉強に集中するようになっていて、それ以外の事はなるべく禁止するようにしていて、このツアー自体もパスするつもりでいたし、チケットの申し込みもしなかった。しかし、以前「WILLPOLIS 2014」に参加した際に同伴してくれた知り合いが、チケットがあるからという理由で自分の事を誘ってくれた。結果として甘えにはなるが、せっかくの機会を無駄にしたくないという理由で、親に土下座をしてそのチケットを譲ってもらう事にした。

 

こうして参加したのが5月8日、愛知県ナゴヤドームでの公演だった。自分にとっては初めてのドームでのライブという事もありいつも以上の興奮も感じていた。現地で知り合いと落ち合い、ドームに併設されているショッピングモールで時間を潰すなどして、いよいよ会場へと足を踏み入れた。

ドームなだけあっていつもより大規模なステージのセットと、見渡す限り一面に広がる観客席に自分の心も自然と高まっていった。そして開演時間、このライブのためだけに作られたOPの曲に合わせて会場全体もボルテージが上昇し、ついに「Hello,world!」で幕が上がった。

 

このツアー「BFLY」は全会場でセットリストが同じと、かなりタイトなツアーであり、全会場に参加するようなコアなファンからは一定の不満が生じたという話を聞いた事がある。しかし、自分にとっては、感動という点ではこのライブが恐らくこれまで参加したライブの中で一番といっても良いくらいのものとなった。

そんな思い出に残るライブとなった理由が二つある。

ひとつが中盤の終わり頃に披露された「車輪の唄」だった。以前も述べた事だが、「それまで自分の中でピンと来ていなかった曲が、あるライブで聴いた瞬間とてつもない名曲だと悟る」というあるあるが、このライブでも起こった。もちろん「車輪の唄」はこのライブで聴く以前から好きな曲だったが、このライブで聴いた時の空気感がいつもより曲に没入できるものだった。ステージのスクリーンに映し出される朝焼けの空、いつもより全身で感じられる軽快かつ重みのあるサウンド、そしてマイクを通して直接耳に入ってくる藤原基央のボーカル。これらの要素が見事に合わさって、自分がまるでこの曲の世界観の中にいるような感覚に陥ったのを数年経った今でもよく覚えている。それは、思わず感動で泣き崩れるほどの感動だった。

そして、もうひとつが本編終盤の怒涛の追い込みだった。「車輪の唄」で心を持っていかれた自分は完全にこのライブに心酔している状態だった。「supernova」で会場全体が合唱でひとつとなった後、「ray」の〈生きるのは最高だ〉でひとつのクライマックスを迎えるステージ。そこから「虹を待つ人」でボルテージが最高潮まで到達し、ラストの「Butterfly」でその日一番の盛り上がりを見せる観客。この一連の流れ全てが自分にとって至福の時間となった。

アンコールの「天体観測」が終わり、いよいよ終演となった際、自分はしばらく客席から動く事が出来ず、ただただその場で感じた多幸感を噛みしめていた。こうして振り返ると、浪人も2年目に突入し危機感を感じ、精神的に不安定だったのもあるのだろう。そんな自分の弱っている心を、バンプのパフォーマンスは見事に救い上げてくれたのだった。

こうして「BFLY」ナゴヤドーム公演は2016年の自分にとってかけがえのないライブとなったのだった。

 

「BFLY」の後、バンプ「アリア」をドラマ「仰げば尊し」に提供したり、「アンサー」をアニメ「3月のライオン」のOPに提供し、以前コラボした際の「ファイター」もEDに起用されたりと、タイアップでの活動が行われていたが、その間の自分は改めて受験への気持ちを入れ直し、勉強へ集中していたので、これらの活動もある程度抑えておくぐらいに留めていた。翌年2017年の1月には「流れ星の正体」のデモ音源をHP上で公開していたが、センター試験も終わっていよいよ佳境というタイミングで、このデモ音源も聞く余裕がなかったのを覚えている。

 

そんな極限状態に陥っていた自分が、バンプとの距離をより縮めるに至れた出来事が「リボン」の披露だった。


BUMP OF CHICKEN「リボン」

この曲は、活動20周年を締め括る一曲として、2月10日にYouTubeなどでスタジオライブの模様が生配信された。自分はその当時、東京の大学を受験するために単身上京し、父方の親戚の家に泊まらせてもらっていた。いくら親戚とは言え一人で東京に来た事への心細さ、自分の人生を決める事となる受験が続くという事に、極度のプレッシャーを感じていた。最後の最後まで対策はすれど、本当に合格できるのかという不安に苛まれていた。そんな自分に一抹の希望を差し込ませてくれたのが、この生配信だった。

Wi-Fiが使えなく、スマホのデータ通信で見ていたため画質も綺麗なものでは見れなかったが、バンプのこれまでの歩みを振り替えるような歌詞、そして、〈赤い星並べて どこまでも行くんだ〉というフレーズに、どこか心が安らいでいったのを今でも覚えている。

もし、このタイミングでこの「リボン」の生配信を見る事が出来なかったら、自分はこの受験期間を乗り越える事が出来なかったかもしれない。それ位、この出来事は自分にとっても重要なものとなった。

 

こうして「BFLY」への参加と「リボン」の生配信の2つの出来事で再びバンプへの距離を縮める事となった自分は、無事大学に合格し、晴れて大学生としての暮らしを東京で送る事となった。

 

〈つづく〉

 

自分とBUMP OF CHICKEN その8 バンプよりアイマスだった頃編

※このブログは、自分と、自分がこの世で一番好きなバンドであるBUMP OF CHICKENとの思い出を振り返る、言わば自分語り回顧録です。

 

2015年、自分の人生にとって、ひとつの底辺期に突入する。それは浪人だ。高校3年生の1年は説明するのもはばかれるような色んな事があり、一時期は卒業すら怪しい所にまで陥っていた。何とか高校で留年は回避し、卒業は出来たが大学受験は当然の如く失敗し、浪人期へと突入する事となった。

自分は通いやすい私塾で受験勉強をしながら、受験費を稼ぐために近所のスーパーの精肉部門でアルバイトをしていた。そんな自分の心の支えになっていたのは、バンプではなく、アイドルマスターだった。

 

2015年はシンデレラガールズのアニメが放映されたり、アイドルマスター自体が10周年を迎えたりと、それぞれのコンテンツが盛り上がりを見せていた。自分自身は2014年の時点でミリオンライブの宮尾美也に一目ぼれし担当になったりと、アイマス好きとしてのポジションを確立していた。また、件の10周年記念の西武ドームでの2daysライブは両日とも現地で、その他のミリオン・シンデレラ・サイドエムのライブも全てライブビューイングで参戦するなど、もはや受験そっちのけでアイマスに熱中していた。

 

アイマスにお熱だったのもありバンプが二の次になっていた自分は、8月に行われた「Hello,world!/コロニー」のシングルリリース記念のスペシャルライブをよくある言い方をすれば「干した」。大阪と横浜で行われたこのライブは、横浜公演でバンプにとって今現在唯一となる全国の映画館でのライブビューイングを行っていたにも関わらず、それにすら参加しなかった。アイマスライブのLVは欠かさずに行っていたのに、である。中学の同級生で同じバンプ好きの知り合いから「LV会場の映画館で会えると思ったのに」と言われたのが今でもずっと心にしこりとして残っている。ライブ自体も「ハンマーソングと痛みの塔」や「太陽」などといった珍しい選曲がされた貴重なライブであったのに、参加しなかったのが今となってはただただ悔やまれるライブとなってしまった(このスペシャルライブの横浜公演の模様は後にアルバム「Butterflies」に収録されたので、見る事自体は叶ったが)。

 

受験勉強には身が入らず、アイマスの新情報を追ってばかりという何とも情けない生活を送っていた自分は、おそらく人生で一番バンプと離れていた期間をずっと過ごしていた。バンプも聴くが、それ以上にアイマスの曲を聴いているような時期だった。

 

2015年のバンプにとって一番大きな出来事となったのが、年末の「紅白歌合戦」への出演だった。ファンにとって念願の初出演、生放送での楽曲の披露は去年の「Mステ」以来約1年半振りという今回の出演は、自分にとって一番バンプで盛り上がった出来事だったが、それでもバンプの他の活動まではそこまで乗り気で追いかけはしなかった。紅白歌合戦への出演と合わせてバンプは初めてNHKの「SONGS」に出演していたが、それも見た覚えはあるが、内容をさほど覚えていない、というくらいに思い出を作らないでいた。2015年の内にニューアルバム「Butterflies」の発売がアナウンスされていたが、その事すらもはっきりと覚えていなかった。

 

そして来る2015年の大晦日。自分は家族が「ガキ使」を見ている所を何とか押し切ってNHKにチャンネルを合わせ、バンプの晴れ舞台を見届けた。バンプNHKホールからの出演ではなく、同日に出演していた年末年始のロックフェス「CDJ1516」の会場からの出演だった。「ray」を披露するバンプのメンバーの姿はいつにもなく凛々しいものだったが、同じ画面に映る盛り上がっている観客の姿に、何処となく置いて行かれているような感覚を味わったのを覚えている。バンプと距離を自ら開けていたというのに。

 

こうして、自分とバンプとの間に一番距離が開いていた一年が幕を閉じた。完全にバンプを拒絶していた訳ではなく、「Hello,world!」がOPで使用されていた「血界戦線」は毎話楽しく視聴していたし、楽曲自体も聞くには聞いていた。2009年にバンプのファンになってから7年目。嫌いになった訳ではないが、いわゆるバンプに対するちょっとした倦怠感のようなものが訪れたのであろう。「アイドルマスター」という新しいものにドハマりしていたのもあって、バンプとの思い出が一番少ない一年となってしまった。

では翌年の2016年そんな状況からどうなったのかと言えば、依然として距離感は隔たりがあったが、ある出来事をきっかけにまたグッと距離を縮める事となった。その出来事については、次回の更新で触れたいと思う。

 

〈つづく〉